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山口地方裁判所 平成元年(ワ)58号 判決 1990年8月17日

原告

正田和弘

ほか一名

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金一〇八五万円及びこれに対する平成元年四月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らの子正田辰昭(以下、辰昭という。)が交通事故で死亡したことに関し、原告正田和弘(以下、原告和弘という。)が被告との間で契約している自家用自動車総合保険契約に基づき、辰昭の相続人である(甲二、弁論の全趣旨)原告らから被告に対し、保険金の請求をするものである。

一  争いのない事実

1  被告は、保険業を営む株式会社であるところ、原告和弘は、昭和六三年二月二五日、被告との間で、保険契約者を原告和弘、保険者を被告とし、保険期間を右同日から同六四年二月に五日まで、被保険自動車を軽四輪貨物自動車(ダイハツM―L七〇V)登録番号山四〇み三〇九九、自損事故保険金を一四〇〇万円、搭乗者傷害保険金を一名につき七〇〇万円とする自家用自動車総合保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

被告は、本件保険契約によつて、次のとおり保険金支払義務を負つている。

(一) 自損事故死亡保険金

被告は、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険自動車の運転者(以下、自損事故被保険者という。)が身体に傷害を被り、かつ、それによつて右自損事故被保険者に生じた損害について、自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合(以下、自損事故という。)において、右自損事故に起因する傷害の特別の結果として被保険者が死亡したときは、死亡保険金一四〇〇万円を自損事故被保険者の相続人に支払わねばならない。

(二) 搭乗者の死亡保険金

被告は、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者(以下、搭乗被保険者という。)が、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つた場合において、その搭乗被保険者が右傷害の直接の結果として事故発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、搭乗被保険者一名ごとに死亡保険金七〇〇万円を搭乗被保険者の相続人に対して支払わねばならない。

(三) 搭乗者座席ベルト装着者特別保険金

被告は、右(二)の場合において、その搭乗被保険者が被保険自動車に備えられている座席ベルトを装着して道路(道路交通法二条一項一号にいう道路)において受傷した場合で、かつ、その道路が同法三条一項三号の二にいう高速自動車国道及び自動車専用道路以外の道路の場合には、右二の死亡保険金のほかに座席ベルト装着特別保険金七〇万円を右(二)の相続人に支払わねばならない。

2  辰昭は、昭和六三年一一月六日午後一〇時二二分ころ、防府市大字江泊一一四番地山尾産業株式会社防府東給油所前国道二号の道路上において、座席ベルトを装着して被保険自動車の運転席に搭乗の上被保険自動車を運転中、運転を誤つて対向車線上にはみ出したため、対向してきた大型自動車に衝突して受傷した(以下、本件事故という。)が、右事故は、辰昭の一方的過失に基づく自損事故である。そして、辰昭は、本件事故に起因する傷害の結果として、同月七日死亡した。

3  原告らは、辰昭の死亡後間もなく被告に対し、前記1記載の保険金の支払請求手続をしたが、被告は、右保険金の支払いをしない。

4  本件保険契約約款には、搭乗被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人に生じた傷害については、前記各保険金を支払わない旨の条項が存在する(第二章自損事故条項3条<1>(2)、第四章搭乗者傷害条項二条<1>(2))(以下、本件免責約款という。)。

二  争点

本件事故当時、辰昭は、本件免責約款に該当する状況にあつたかどうか。

第三争点に対する判断

一  証拠(乙二、四、証人藤井浩之、弁論の全趣旨)によると、次の事実を認めることができる。

1  辰昭は、本件事故当日である昭和六三年一一月六日午後七時三〇分ころ、友人である藤井浩之(以下、藤井という。)とともに防府市所在の居酒屋「村さ来」に赴き、同店において、午後九時ころまでの間に、焼き鳥などを食べながら生ビールを中ジヨツキで一杯とチユーハイをジヨツキで一杯飲んだ。その後、辰昭らは、同市内にあるスナツク「バンバン」に辰昭の運転する被保険自動車に乗車して赴き、同店において、午後一〇時前までの間に、ボトルに半分くらい残つていたブランデー(VSOP)を、概ね二人で水割りにして底から二、三センチメートルのところまで空けた。そして、辰昭らは、右バンバンから右自動車を置いてある場所まで約二〇〇メートル歩いて行き、午後一〇時ころ、そこで辰昭と藤井は別れたが、その際、辰昭は、足取りはしつかりしていたものの、多少舌がもつれる状況であつた。なお、後日の右バンバンのママの話では、辰昭はかなり飲んでいたとのことである。

2  本件事故現場は、幅員約七・六メートルのアルフアルト舗装の道路で、道路中央に幅二〇センチメートルの黄色ペイントによる実線二本のセンターラインが設けられ、凸凹はないが新南陽市方向に向かつて左カーブとなり、その勾配は約一〇〇分の一である。

本件事故は、下関方面から新南陽市方面に向けて被保険自動車を運転して事故現場に差しかかつた辰昭が対向車線に進入し、もつて対向車である大型貨物自動車の右側面に被保険自動車を衝突させたというものである。本件事故現場には、右対向車によつて印象されたスリツプ痕は存在するが、被保険自動車によるものとしては、衝突後に生じたものと認められるガラス片、路上の擦過痕、タイヤの異常痕が印象されていることは認められるが、衝突前のものと認められるスリツプ痕は存在しない。

3  本件事故後に採取された辰昭の血液中のエチルアルコールの含有量の鑑定結果によると、その量は、血液一ミリリツトル中二・一五ミリグラムである。なお、酒酔いの症状に関する文献によると、血中アルコール濃度一ミリリツトル中一・五ないし二・五ミリグラムである場合、注意散漫となり判断能力が鈍るので運転事故は必発であるとされている。

右の事実によると、辰昭は、本件事故前に飲酒し、その酔いのため正常な運転ができないおそれのある状態で被保険自動車を運転していたものということができる。

原告らは、辰昭の当日の飲酒量、飲酒時刻と血中アルコール濃度測定時刻との関係からみて前記認定の血中アルコール濃度をもつて、本件事故時の血中アルコール濃度とすることはできない旨主張するが、辰昭らが飲酒を開始したのは本件事故日の午後七時三〇分ころからであり、その後本件事故前約三〇分前まで断続的に飲酒していること、血中アルコール濃度がピークに達するのは、飲酒後六〇分ないし九〇分であるが、約三時間後においても右ピーク時の数値から激減するというものではないこと(甲四)、以上の点からすると、本件事故時における血中アルコール濃度が前記測定の血中アルコール濃度と際立つて異なるものとは到底いうことはできない。

また、原告らは、酒の酔いは個人差が大きく、辰昭は、酒に強く、本件事故直前もしつかりしていた旨主張するが、前記認定の本件事故当日における辰昭の飲酒量が確定できないまでも少なくないことが窺われること、辰昭は、足取りはしつかりしていたとはいうものの、舌がもつれる状況にあつた(このような症状は軽酔の症状として指摘される・乙四)こと及び本件事故の態様に徴し、飲酒の結果判断能力に低下を来す状況にあつたことは明らかである。

さらに、原告らは、辰昭は本件事故現場におけるカーブ走行中にカセツトテープを入れようとし、それに注意を奪われているうちにカーブが急になつたため、カーブを曲がりきれず、対向車線にはみ出して対向車に接触したにすぎず、本件事故態様から辰昭が酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態であつたと推認できない旨主張するが、事故発生という危険を伴うことの多いカーブに差しかかりながら、カセツトテープを入れようとし、それに注意を奪われていたということ自体、注意散漫となり判断能力が鈍つていたことを示す証左であるというほかなく、また、対向車に衝突するまで何らの措置も講じていないことは前記認定事実から明らかなところであつて、これらの諸事情に徴すると、原告らの右主張は到底採用できるものではない。

二  そうすると、被告の免責の抗弁は理由がある。

(裁判官 松山恒昭)

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